霊符の総本山「尊星王院」そんしょうおういん 

尊星王院は、日光の聖山にある天台宗系のお寺です。歴史ある天台密教のお寺ですが、様々な活動をする山のお寺です。

山のお寺ですので一般参拝を受け付けておりません。御用のある方は事前にご予約下さい。

*すべて予約制となります。

特には、霊符を伝えるお寺として知られています。昔から多くの方が成功されている陰には、霊符の存在がある場合が多くあります。

*霊符に関するご注意*

当院からお授けする霊符は、すべてお寺より直接お送りしております。

霊符は、取り扱いには重々注意され、正式な霊符をお持ちになることを強くお勧めします。

間違った霊符を持つことは、かえって運命の歯車を乱すことに他なりません.

ちまたで、陰陽師と称する者や見よう見まねで書く方がありますが、運命が逆転せぬようくれぐれも注意が必要です。

さまざまな願いを叶えツキを呼ぶ霊符

       

霊符は、千数百年前、入唐された三井寺の智証大師らによって我が国に伝えられました。

霊符は不思議な効験と奇跡を起こし、皇族・貴族・大名・武士から一般大衆に至るまで多くの人がその効験に浴したものです。

密教において、北極星を北辰とし、妙見菩薩の化現したものとして、これを崇拝した。そのもとづく仏典は、七仏八菩薩所説大陀羅尼神咒経である。

一説に、

われ北辰菩薩、名付けて妙見という。今、神咒を説いて諸国土を擁護せんと欲す。所作はなはだ奇特、故に名付けて妙見という」

北辰すなわち北極星を妙見菩薩の化現と観じ、護摩をたいて祈る修法を妙見供という。

しかるに三井寺では、妙見菩薩を尊星王大士と呼び、これを祭る修法を尊星王法といい、同寺の秘法とした。この修法は、智証大師が唐において学んで伝えたものと云い、三井智証の流れを汲む聖護院、円満院、常住院など三井寺(園城寺)の長吏となる門跡が執行する国家鎮護の秘法である。

尊星王堂

当院の霊符は三井寺・円満院(平等院)歴代の門跡より口傳された秘法・霊符です。

元永元年(1118年)に鳥羽天皇御願寺園城寺長吏大僧正行尊 尊星王堂が造立されました。

当時の記録では、平等院内に建立したとされています。

平等院は、村上天皇皇子 明王院入道、悟円親王寺門九世を始祖としています。

親王は、平等院を創立して、その子永円を院主としたが、永承七年、宇治に本寺を擬して、もっぱら宇治の占有となり、いつしか、円満院と呼ばれるようになったのです。

皇室との関係も深く、名門の相続三十八世九百年に及び、慶長十二年常尊大僧正入室してこれを中興の祖とし、禁中より御殿を拝領し、今の地に移ったといわれています。

昭和二十六年、重要文化財「宸殿」の修理工事に際し、地下から当時の唐草かわらの断片が発見されたことや、「園城寺境内古図(国宝)」にも記されていることから、この地に尊星王堂が建っていたことが証明されています。

現在は、天台宗系単立の密教寺院として、智証大師より受け継ぐ法脈を継承しつつ、鳥羽僧正・後白河法王の御願所であった、尊星王堂を、日光に迎え再興したものです

北辰(日光)尊星王堂

日光は江戸(現在の東京)より真北に位置する場所であります。

徳川家康が日光に東照宮を建立し墓を造ったというのも、この法則にそっていることで納得するのである。北すなわち北辰・天帝の妙見菩薩様を位置する場所であります。この場所に降臨していただくために尊星王堂を再興したものです。

霊符には当院に相伝する、尊星王霊符・鎮宅霊符・天星三十六秘符・武帝応用五十八篆霊符・正体化霊天真坤元霊符などに及ぶ霊符がある。

秘法 尊星王法は一般公開致しませんが、毎年の法要の報告はさせていただいております。

霊符のこころえ

一般的に護符は授かるものです。規則に従って謹書し、尊星王に祈願をして、不思議な力を手に入れるのであります。

ちなみに、霊符を書写しるためには、次の通り決まっております

  1. 書写をしてはいけない日
  2. 書写をする日
  3. 尊星王が降臨する日
  4. 書写をする時間
  5. 書写をするまでの準備
  6. 書写をする時の身支度
  7. 書損じた護符をどうするか
  8. 書写をした護符の祀り方
  9. 書写をした護符の祀り方の方位
  10. 願望が叶った時どうするか

霊符を書写することは簡単なことですが決まり事を見ると大変な事です。この決まり事を千数百年前から口傳にて相伝されてきたからこそ一般的な護符とは違うのです。

奇跡の護符ともいわれる語源なのです。

授与された方々は手元に届き霊符を持った瞬間、尊星王の気を体感していただけます。

大宇宙のエネルギー、命体というものは何かということになるが、それは「三光」即ち「太陽」「月」「星」この三つの存在が発するパワーということになる。

いうならば、大宇宙は、この三つの光が織りなすさまざまな事象体である。そしてこの中に人間が存在し、瞬時もやすまることなくその影響をうけ生きている、いや生かされているのである。

密教に於いては、この「光という意識」が中心をなし一つの太陽を人格、仏格化して大日如来とし、二つ月を実践門でとらえて「月輪観(がちりんかん)」として光明禅を体感なさしめ、三つに星を星供、護摩供として光意識を引入しているのである。

わが命を凝視するとき、これがままならぬものであることに気付くと共に、あらためて三光の力が理解できるのである。

そこで、これらの三光の力を「変化」「転換」「増幅」させるものとして「霊符」が出現する。

霊符三力として、行者の力・仏神の力・書写人の力が働くと説かれている。

  1. 人間の幸、不幸、富、名誉、地位、寿命は三光の影響をうけている
  2. 不幸が幸運にむかう手助けをする
  3. あきらめていたことが実現する
  4. 天災、人災、厄難を削除する
  5. 諸悪、鬼邪、難疫の憂いを除く
  6. 五穀豊穣、福傳を与える
  7. 悪を斥け尊を進ませる
  8. 長生、不老を得、萬民安

書写をしてはいけない日

古記頭書には大不成就日と記されている。

「此日事を為し初べからず。何事も成就せず。

諸々の立願などには殊に忌むべし」とある。

一月三日。十一日。十九日。二七日

二月二日。十日。十八日。二十六日

三月一日。九日。一七日。二五日

四月四日。十一日。十九日。二十七日

五月五日。十三日。二十九日

六月六日。一四日。二十二日。三十日

七月三日。十一日。十九日。二十七日

八月二日。十日。十八日。二十六日

九月一日。九日。十七日。二十五日

十月四日。十一日。十九日。二十七日

十一月五日。十三日。二十一日。二十九日

十二月六日。十四日。二十二日。三十日

書写をする良い日

大吉日 庚寅(かのえ とら)

    壬子(みづのえ ね)

    壬寅(みづのえ とら)

    癸卯(みづのと う)

    癸酉(みづのと とり)

吉日  丙午(きのえ うま)

    丙辰(きのえ たつ)

    丁酉(ひのと とり)

    戊子(つちのえ ね)

    戊申(つちのえ さる)

    戊寅(つちのえ とら)

    戊午(つちのえ うま)

 尊星王が降臨する日

正月(七日)

二月(八日)

三月(三日)

四月(四日)

五月(五日)

六月(七日)

八月(十五日)

九月(九日)

十月(二十一日)

十一月(七日)

十二月(二十七日)

    天帝の北極星「尊星王」

    尊星王は北極星を神格化した天帝尊です。

    この尊星王を本尊とする尊星王法は、国家安泰を祈る大法で、 智証大師が唐において師の法全より直接付与された法として 重要視されてきたものです。

    尊星王は、四臂の菩薩形で、 頭上に鹿頭を戴き、 龍の背に立つ姿にあらわされ、 背後の大円相内には鹿・豹・白狐・虎・象がからみつく八個の日・月輪を置き、 日輪中には三足の烏、月輪中には兎と蛙が描かれています。

    日月八卦は、陰陽八卦の表示であり、走る青竜は、北辰、北斗七星の姿です。

    修法に至っては、壇上に六十四本のろうそくを立てます。これは易の六四卦をあらわし、尊星王、七星、九曜、七曜、十二宮、二十八宿の総数、つまりは、全天体をさしています。

    霊符由来

    明暦二年丙申(1656年)五月二十五日、禁裏清涼殿に於いて尊星王大法が勤修され、道晃親王御自筆の「尊星王尊像」がまつられたが、現今、その尊像が当門の本尊で、秘仏とされています。

    道晃親王は、後陽成院天皇第十一の皇子で、遍照寺宮二品道晃法親王が正式の御名である。
    二品(にほん)とは親王の位階、第二位を意味し、慶長十七年一月二日ご誕生、寛文七年四月六日二品に叙せられ、延宝七年六月十八日六十八才で遷化された。

    ところで「尊星王」は、妙見菩薩(北辰尊星妙見大菩薩 ほくしんそんしょうみょうけんだいぼさつ)ともいい、北極星を仏格化した諸星の王である。

    この菩薩は、一切の事物の善悪を記録するとされ、国土の守護神でもある。

    仏典には「北辰菩薩、名付けて妙見という。いま神呪を説き国土を擁護せんと欲す。所作甚だ奇特の故に妙見と名付く。衆星中最勝、神仙中の仙、菩薩の大将ひろく衆生を済(すく)う」とある。

    そして妙見は北斗七星にして衆星中の最勝、神仙中の大仙なり。三井(みい)にては尊星といい、東寺にては妙見と名付く。天文家は文昌星と号す、本地は「観音又は薬師の二説あり」ともあり、御姿は走る青龍の背に立ち、右足を上げている。

    この大宇宙の中にあって、人間はどういう存在であるかということであるが、端的にいえば大宇宙に対し、人間は小宇宙的存在であるということである。そして小宇宙的存在の人間をひとことで表現すれば「生体」と「命体」の合一体であるということである。

    生体とは両親より授かった肉体をさし、命体とは大宇宙より生体が受持するエネルギーを意味する。

    よって人間死ねばこの命体は大宇宙に還元融合し生体のみ残ることになる。

    然らば、大宇宙のエネルギー、命体というものは何かということになるが、それは「三光」即ち「太陽」「月」「星」この三つの存在が発するパワーということになる。

     

    星の守護神

    北極星

    いうなれば、大宇宙は、この三つの光が織りなすさまざまな事象体である。そしてこの中に人間が存在し、瞬時も休まることなくその影響をうけ生きている、いや生かされているのである。

    密教に於ては、この「光という意識」が中心をなし、一つに太陽を人格、仏格化して大日如来とし、二つに月を実践門でとらえて「月輪観(がちりんかん)」として光明禅を体感なさしめ、三つに星を、星供、護摩供として光意識を引入しているのである。

    何はともあれ、わが命を凝視するとき、これがままならぬものであることに気付くと供に、あらためて三光の力が理解出来るのである。
    そこで、これら三光の力を「変化」「転換」「増幅」させるものとして「霊符」が出現する。

    そして、一定の形象は、一定の力を示現するとされるが、それは、われわれ人間が「円」や「正方形」「長方形」「三角形」といった形象に囲まれ、意志、意識の表現体として文字や絵を描き、他者への伝播を意図していることでうなづける。

    そして形象によっては、宇宙の律動と共鳴したり、相乗作用を起こしたりするというのである。

    なお、この「三光と形象」に於ける基本概念は、霊符に限らず、神社仏閣にて授与するお札、お守りにも共通するが、霊符の特徴は、人間のさまざまな願望を細分化して、それに応じた形象が伝わっているということである。
    よって当門伝承の霊符は三百種を数える。

    霊符は、御仏との約束事

     霊符というものを見方をかえれば気線を証する一種の契符ということが出来る。

    霊符書写の者は重要契約に於ける公証人で、霊符帯持者は神仏との契約書の所持者といえる。

    そして霊符を貼るならばまさに公告行為といえよう。「急々如律令」とはまさにその事を仏に誓っているのである。

     

     

     

    霊符山 尊星王院の位置・方位関係

    google mapよりの位置関係

    霊符山 尊星王院は、日光山 東照宮 をはさんで 男体山と対極にある聖山です。

    東京(皇居)から、真北に位置するところに「尊星王(北辰 妙見菩薩)」が奉安された鎮護国家のお寺です。

    霊符を授かる前に

    霊符は、上記の通り、太古より伝わる儀軌により、修法され、尊星王の強い霊力が収められているものです。

    ですから、いい加減な気持ちで持つことは、かえって反発を被ることになり、とても注意するものであると言い伝えられています。

    何をやっても良くならない。

    どうしてもこの危機を乗り越えたい

    この願望を何としても成し遂げたい

    など、強い願望のある方のみお申し出ください

    願主と行者と尊星王の波動が重なり、祈りあってこそ、成就するものであります。

    そんな方々の運気を向上させ、真の幸せにつなげていただきたいと願う次第であります。合掌